大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)16号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 成立に争いのない甲第二号証の一・二、第三ないし第五号証によれば、煙室と補助室とから構成され、各室内にグリツドが配置されている型式の煙検知装置において、従来のものは、グリツドを囲繞する静電シールドが通常金属によつて構成されていたために、例えば鉱山の坑道内で用いた場合、右シールドが同所に存在する腐食性煙霧で腐食する傾向があり、また広く大気に露出される電極が腐食性煙霧により腐食する傾向があつたため、本願発明は、これらの欠点を解消した煙検知装置を提供することを目的とし、右目的を達成するために、前示本願発明の要旨のとおり、煙室を画成する第1のハウジングと補助室を画成する第2のハウジングを一立方メートル当り10-4オームの抵抗率を有している電導体プラスチツクにより構成するものであることが認められる。

原告は、本願発明において、煙検知装置のハウジングを金属材料よりもはるかに導電性の小さい電導体プラスチツクで構成することは容易に想到しうることではなかつた旨主張するので、右主張の当否について検討する。

(一) まず、原告は、本件特許出願当時においては、本願発明のような型式の煙検知装置のハウジングは良導電性の材料(金属)で構成することが技術常識とされており、現にハウジングはすべて金属材料で構成されていたのであるから、それよりも導電性のはるかに小さい材料で煙検知装置のハウジングを構成することは容易に想到しうることではなかつた旨主張するが(請求の原因四項1、(一))、以下に説示するとおり、右主張は理由がないものというべきである。

(1) 成立に争いのない甲第二五号証、乙第二号証によれば、V、E、グール著・貞政忠利訳「導電性ポリマーの研究と応用」(一九七〇年八月一八日株式会社横川書房発行)には、「導電性ポリマー材料は、現在使用されている金属導体に比べて、一連の長所をもつている。すなわち、高耐腐食性、複雑な形状の製品に加工しやすいこと、密度の小さいこと、弾力性のあることなどで、廉価で入手しやすく、赤銅色や高価な金属―鉛、銅、アルミニウム、銀その他と代替できる。」(「著者まえがき」第四頁第二四ないし第二七行)と記載されていることが認められるところ、電導体プラスチツクが金属導体に比べて耐腐食性を有するものであることは右記載によるまでもなく技術的に自明のことであるが、右記載によれば、電導体プラスチツクが前記金属に代替できるものであることは、本件特許出願当時周知の技術事項であつたものと認められる。

右事実によれば、腐食されやすい状況下で使用される金属導体が腐食によつてその機能を発揮できなくなるような場合に、金属導体に代えて電導体プラスチツクを採用することは容易に想到しうることであり、煙検知装置のハウジングについても、電導体プラスチツクを金属導体に代替させることを予測する程度のことは、当業者には容易になしえたことと認めるのが相当である。成立に争いのない甲第七、第一一、第一二、第二二号証もそれのみで右認定を左右するものではない。

(2) もつとも、前掲甲第二五号証(前記「導電性ポリマーの研究と応用」二三五頁)、成立に争いのない甲第一八号証(一九七一年一二月発行「エンジニアリング」所載の「導電性プラスチツクとゴム」三頁の相対抵抗率)によれば、銀、銅の抵抗率は10-6オーム―cm程度であるのに対し、電導体プラスチツクの抵抗率は10-4オーム―cm程度以上であり、同じ電導体とはいえ、後者は前者に比べてかなり導電性が小さいことが認められるが、前記乙第二号証によれば、前記「導電性ポリマーの研究と応用」には、電導体プラスチツクは、開業医の使用する鉛の代りの弾性電極などに利用される旨記載されていること(「著者まえがき」第五頁、第一三九頁)が、また、成立に争いのない乙第三号証(実用新案出願公告昭三五―二九九九〇号公報)によれば、右公報には、皮膚に取りつけ、生体の微弱な電気現象を取り出す医学用電極において、従来の銀、ステンレススチール又はクロムメツキした金属板に代えて電導体プラスチツクを電極に用い、該電極から測定又は通電機器に接続するためのリード線の心線をも電導体プラスチツクで構成することを特徴とする医学用電極の構造に関する考案が開示されていることがそれぞれ認められ、医学用電極に用いる電圧が低いことは技術常識に属するものであり、右認定の各事実によれば、本件特許出願当時、金属材料よりもはるかに導電性の小さい電導体プラスチツクが低い印加電圧で動作する電極に用いられ、また、微弱な電流の変化を検知する測定回路の導電部分に用いられることが一般的に知られていたものと認めるのが相当である。

原告は、医療用電極は人体に接触して用いるものであつて、浮遊電子の集収のための電極ではないから、低い印加電圧で動作する電極には当たらない旨主張するが、問題は導電性の小さい電導体プラスチツクが低い電圧で動作する電極に用いられることが一般的に知られていたかどうかにあるのであり、たとえ浮遊電子の集収のための電極でないにせよ、電導体プラスチツクで構成される医学用電極も低い印加電圧で機能するものであることは前記認定のとおりであつて、原告の右主張は理由がない。

(3) 前掲甲第二号証の一、二、成立に争いのない甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、本願発明と引用例記載の発明とは審決認定の相違点、すなわち本願発明の煙検知装置は第1及び第2のハウジングを一立方メートル当り10-4オームの抵抗率を有する電導体プラスチツクで構成し、グリツドも電導体プラスチツクで構成しているのに対し、引用例記載の煙検知装置はそれらに対応するケーシング20、21及び電極17(別紙図面(二)参照)の材質が明らかでない点が存するほかは、その型式を同じくするもの(イオン化式煙感知器)であることが認められるところ、このような型式の煙検知装置のハウジングの印加電圧は低電圧であり、また流れる電流は微弱であることは、よく知られているところである(なお、本願発明の属する型式の煙検知装置のハウジングが、10ないし15ボルトの印加電圧で動作する電極、微弱な電流の変化を検知する測定回路の導電部分としての各機能を果たすものであることは当事者間に争いがない。)。

以上(1)ないし(3)に説示したところを総合すると、本願発明において、煙検知装置のハウジングに、良導電性の金属材料の代りに、それよりも導電性の小さい材料(電導性プラスチツク)を用いることは、当業者において容易に想到しうることであつたと認めるのが相当であつて、原告の前記主張は理由がないものというべきである。

(二) 次に、原告は、本件特許出願当時、導電性充填剤入り電導体プラスチツクの導電性については確立した技術が存在していたとはいい難く、機械的強度と導電性を兼ね備えた電導体プラスチツクを製作する技術が十分でなかつたから、本願発明において、煙検知装置のハウジングを電導体プラスチツクで構成することは容易になしうることではなかつた旨主張するが(請求の原因四項1、(二))、以下に説示するとおり、右主張も理由がないものというべきである。

本願発明にかかる煙検知装置のハウジングは、保護外壁の機能も要求されることが明らかであるところ、弁論の全趣旨によれば、本件特許出願当時すでに、自主性、剛性を備えた機械的に強度な電導体プラスチツクが存在していたことが認められ、成立に争いのない甲第一九ないし二一号証も右認定を妨げるものではない。

そして、前掲甲第一八号証、乙第二号証、成立に争いのない甲第一七号証(一九六九年一〇月一六日発行「マシンデザイン」所載のアーヴイング ライタント執筆にかかる「導電性プラスチツク」)によれば、本件特許出願当時すでに、種々の電導体プラスチツクが各種用途に利用されていたことが認められるから、電導体プラスチツクについては右当時すでに実用化の段階に入るまでの技術が確立されていたものと認めるのが相当である。

右認定の各事実によれば、本願発明において、煙検知装置のハウジングに電導体プラスチツクを用いることが、原告主張のような理由で容易になしうることではなかつたとは認め難い。

もつとも、前記「導電性ポリマーの研究と応用」(甲第二五号証)、「導電性プラスチツク」(甲第一七号証)には、原告主張(請求の原因四項1、(二))のとおりの記載がなされていることが認められるけれども、前掲甲第二号証の一・二によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明中には、単に、「本発明において、部分20、22及びハウジング34は電導プラスチツク物質から作られる。そのような物質において、所定量のカーボンブラツク又は金属ドープ(dopes)がプラスチツクと混合され一立方センチメートル辺り10-4オームのオーダーの抵抗値を有している。」(第六頁第六ないし第一一行)と記載されているにとどまり、本願発明が前記文献(甲第一七、第二五号証)に記載されている問題点を究明、解決し、煙検知装置に適する電導体プラスチツク自体の技術を開発した点にも特徴があるものとは到底認めることはできないから、その点に進歩性を有することを肯認することはできない。

以上のとおりであつて、本願発明において、煙検知装置のハウジングを金属材料よりもはるかに導電性の小さい電導体プラスチツクで構成することは容易に想到しうることではなかつたにもかかわらず、審決はこれを誤認した旨の原告の主張は理由がないものというべきである。

2 次に、原告は、本願発明は煙検知装置のハウジングを電導体プラスチツクで構成したことにより、煙検知装置としての性能の低下を招くことなく、腐食性煙霧にも耐えるほどの耐腐食性のある煙検知装置を実現しうるという顕著な作用効果を奏するものであるのに、審決はこれを看過した旨主張する。

しかしながら、電導体プラスチツクが耐腐食性を有するものであることは技術的に自明のことであるから、引用例記載の煙検知装置のハウジングを電導体プラスチツクで構成することにより、耐腐食性を備えることは当然に予測できることであつて、これを格別の作用効果であるということはできないし、また、機械的強度と導電性を有する電導体プラスチツクにより前記ハウジングを構成すれば、煙検知装置としての性能の低下を招かないことも当然に予測できることであつて、これを格別の作用効果であるということはできない。

したがつて、原告の右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(1) 煙室を画成する第1のハウジングと、補助室を画成する第2のハウジングと、各々の室内のグリツドとを有した型式の検知装置において、前記第1のハウジングが煙室内のグリツドに対する静電シールドを構成しており、前記第2のハウジングが前記補助室内のグリツドに対する静電シールドを構成しており、前記第1及び第2のハウジングは電導体プラスチツク物質から作られており、この電導体プラスチツク物質が一立方センチメートル辺り10-4オームの抵抗率を有している煙検知装置。

(2) 特許請求の範囲前記第一項に記載の煙検知装置において、各室におけるグリツドが電導体プラスチツクからなつていることを特徴とする煙検知装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!